天王寺区について


天王寺区は大正14年4月1日に大阪市第二次市域拡張が行われた際、南区から独立創設されました。続いて昭和18年4月1日に大阪市行政区再編成により22区に分増区され、その時に真田山、味原両地区が天王寺区に編入となり、東平地区と松屋町筋以西が南・浪速の両区に移り、現在の天王寺区が形成されました。

当区は大阪市のほぼ中央に位置し、地勢は西高東低で南北に伸びる帯状の上町丘陵と呼ばれる台地にある市街地です。

四天王寺

四天王寺

市内でも屈指の古い歴史をもつ当区には、わが国仏法最初の大伽藍で、聖徳太子創建にかかる四天王寺をはじめ200余の寺院があるほか、神社仏閣の間を抜ける古い坂道が昔を今にとどめるなど名勝旧跡に恵まれ、しかも美術館、慶沢園、天王寺公園などの文化施設、また70を越える校園を有し、信仰の町であると同時に文教の町としての性格を持っています。(天王寺の歴史シリーズご参照下さい)

天王寺公園といえば、明治36年、5ヵ月間にわたって開催された第5回内国勧業博覧会が、大阪の近代都市化を一気に進め、文化の起爆剤になりました。現在の天王寺公園、新世界一帯に広がる会場に、多彩なパビリオンが並び、中でも茶臼山の池を水飛沫をあげて滑走した「飛艇戯」(ウォーターシュート)や我が国初の「快回機」(メリーゴウラウンド)が話題となりました。
大正14年の大大阪記念博覧会で、天王寺公園と大阪城を会場に「水の大阪」「文化の大阪」「工業の大阪」など27の大阪を展示、戦後の大阪の復興を最初に飾ったのは、昭和23年(1948)の復興大博覧会でした。天王寺公園から夕陽丘の高台を会場に、パビリオンが建設され、同時に復興市街地のモデル住宅もつくられました。

さらに大阪赤十字病院、大阪警察病院、NTT西日本大阪病院(旧大阪逓信病院)など大病院が多く、病床数では大阪市随一です。

天王寺駅

阿倍野橋には大ターミナルがあって、JR環状線・同関西線・同阪和線・をはじめ、近鉄南大阪線、地下鉄御堂筋線・同谷町線、阪堺上町線など交通網が発達し、大阪でも有数の繁華街を形成し、大阪南の玄関口として賑わいをみせています。

また上本町には近鉄大阪線・同奈良線、地下鉄千日前線・同谷町線が連絡し、阿倍野橋に次ぐターミナルとして、その周辺は再開発事業が着々と推進されています。

国際交流センター

国際交流センター

同時に区内は高層住宅の建設が進み、人口は微増傾向にあるほか、市政100周年を記念事業として大阪外大跡地に国際交流センターが開設され、一層の発展が期待されます。